くだらない人間が語る幸せになる方法

くだらない人間が語る幸せになる方法

現状への強引な感謝

感謝教と揶揄されたりすることもあるが・・・一部の自己啓発やスピリチュアルの手法ではまず初めに感謝しようということを勧めている。現状に不満があるような人も、常に感謝感謝、全てにありがとうありがとうと思いながら過ごせという方法だ。

 

それが完全に悪いとはいわないが、私は、感謝というのは基本的に自然と心から染み出てくるようなものでいいのではないかと思う。むしろ感謝するという状態になれないから、その人は悩んでいるのではないのだろうか。

無理な感謝、強引な感謝というのは、臭いものにフタ手法であると思う。

 

ポジティブに行こう!とやたらいう人がいるが、自分の中に起こるネガティブな感情をなかったことにすることは、もはやポジティブではない。

また、自分の中のネガティブ要素を敵と見立て、攻撃阻害するようなことも、自分を味方につけることができない手法であり、よい結果にはならない。

 

イソップ寓話にある北風と太陽の、太陽のように、旅人が自らコートを脱ぎたくなるようなことや、唄を忘れたかなりあのように象牙の舟に銀の櫂でもって月夜の海にうかべてあげるようなことでなくてはならない。人が芯から救われるにはメッキではどうしようもない。

 

感謝は与えられてから生じる。自分が与えられていないと思っているところに、自然な感謝は生じない。強引な感謝もただ意味がないだけならよいが、自分の中にある感情に蓋をするようなことであり、それは心の問題をこじらせる。